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ご訪問ありがとうございます。
店長の まゆママです


 

 

リボーンドールリアル赤ちゃん人形の専門店です。
日本では手に入らない、また、日本ではなかなか売っていないような
リボーンドール、リアル赤ちゃん人形を
世界中からお取り寄せいたします。

ひとことに、「海外の人形作家さん」と言っても
その技術、センス、経験、それはそれは玉石混交です。

当店では、信頼できる、
海外の優秀ドール作家さんを
多く知っておりますので
リボーンドール=リアル赤ちゃん人形選び際は、
ぜひ、当店にご相談くださいね。
また、随時、ブログ、ツイッター等で、
リボーンドール=リアル赤ちゃん人形の
最新情報を発信しております。

ぜひ、フォローしてくださいね。
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まゆママの子どもの頃の話

 

3姉妹の末っ子です。
父は飲食店を経営していたので、幼い頃からお店の手伝いをよくしていました。
両親は仲が良く、幸せな子ども時代だったと思います。
店が休みのときには家族で旅行をしたり、買い物へ行ったことを覚えています。
私も大人になったら、両親のような家庭を築きたい、
そんなことを漠然と思っておりました。  

まゆママ はじめてのお人形

 

私の遠い記憶の中で・・・   初めて手にしたドール、それはミルクのみ人形でした。
若いお客さんには、ピンとこないかもしれませんね。
かれこれ、60年以上前のもの。
ミルクのみ人形の元祖です。

 リボーンドール=リアル赤ちゃん人形


当時、この人形がCMで流れたときは、、、、、

それはそれは、センセーショナルでしたね。
たしかわたしは、就学前の幼稚園ぐらいでしたが、
欲しくてほしくてたまらなくなり、必死でサンタさんにお願いして。。。

クリスマスの前日は、興奮でなかなか寝付けなかったのをいまでも記憶しています。

今ちょっと調べてみると、やはり、当時は大変な人気だったようで、
日本橋の百貨店では、1日で2400個売れた、と出てきました。すごいですね。 
当時で定価 1200円だったみたいです。

これが高いのか安いのか。。。?
でも、子ども心に、すごくあこがれのお人形 でした。


私は、その子にピピちゃん、と名前を付け、
それからは、毎日、ピピちゃんに、夢中で話しかけ、
ミルクを飲ませたり、おむつを替えたり。 
髪の毛を結んだり、カールしたり。1日中空想の世界に浸って遊びました。
どこに行くにも一緒で、私の昔の写真には、いつもその子が写っていますよ 笑 

ピピちゃん、焼死体

「ぎゃゃ〜! 
たいへんたいへん!
ちょっと、来て!」


  母が叫ぶ声にびっくりして走っていくと、

そこには、身体の一部が溶け、焼け焦げたピピちゃんがいました。

幼かった私は、その姿に、、、パニックになりました。
訳がかわからず、泣き叫びました。

ピピちゃんが燃えてしまった理由は、、、、

よく覚えていません。おそらく、当時
私がピピちゃんをリビングのストープのそばに置きっぱなしにしていたところ、
なんらかのアクシデントがあって 燃えてしまったのかと思います。


 


私は、幼かったので、詳細は全く覚えていません。。
ただただ、ショックでした。
涙がこぼれて仕方ありませんでした。


どうして!どうして!?

泣き叫ぶ私を抱きしめながら母が私を必死になだめていました。
内容は、あまり覚えていませんが
唯一、憶えている言葉があります。


ピピはあんたの身代わりになってくれたんだよ」
「ピピが燃えてくれなかったら、あんたが燃えていたんだよ。」



もしかしたら、それは、パニックになっていた私をなだめるため、
母の口から出た、出まかせの言葉かもしれません。しかし、


  身代わり…


この単語は、言霊(ことだま)のように私の心の奥底にとどまり、
以降、折に触れ、私の胸をよぎることになります。

 

まゆママ学生時代の話

  

とても活発な子どもでした。得意なスポーツは体育!
ドッヂボールでは、かならず、最後まで残っているタイプでした。
縄跳びもクラスで一番! 夏休み明けには、必ず
くろんぼ大賞(だれが一番日焼けしているか?のコンテスト)で入賞していました。

さすが昭和の時代ですね。あれから50年、今、世の中はすっかり美白ブーム・・・
愚かだった私は、おかげで、今は しみだらけです(><)。。。



 

活発な学生時代、就職

負けず嫌いで、女学生時代は勉強も部活も頑張りました。
「女は大学なんていかなくていい」そんな時代でしたからね。
進学を反対する父親と喧嘩しながら、勉強とアルバイトを掛け持ちして、第一志望の大学に合格しました。大学では周りの友人は、きれいに着飾ったりしていましたが、私は、いつもTシャツにズボン。山岳部に入り、まっくろに日焼け、相変わらず男勝りな女子大生でした。

大学を卒業後は、都市銀行に就職しました。就職したい企業ランキングで、「金融系」がトップになっていた時代でした。今、その銀行の名前を言っても、若い人はピン、とこないのではないでしょうか。繰り返す合併で、今や全く別の名前になっていますから(笑)

このころは、生活が忙しくてドールと全く無縁の生活を送っていましたね





 

結婚・・・そして不妊

就職して2年目、学生時代から付き合っていた今の主人と結婚しました。
これからは専業主婦として夫を支えていこうと決めました。

私も夫も子ども好きなので、一刻も早く子どもが欲しかったのですが、
しかし、一向に、こうのとりは私たちの元には現れませんでした。
 


出典元:Naver


子どもの頃から、将来は3人のママになる事を夢見ていましたので
子どもができないという事は私にとってとてもショックな出来事でした。

仲間の中で、結婚は一番早かったのに、私の後に結婚した友達が、
どんどんどんどんどんどんどんどん
妊娠、出産していく現実。

ものすごく焦りました。

友達の赤ちゃんを見ても、心の底から「おめでとう」といえない自分。。

悲しくて、そんな自分が嫌で、落ち込んだ日々でした。  

今みたいに、不妊治療、なんてのも進んでいない時代ですからね。

藁をもすがる、、、とはこのことです。

●●の食べ物がいい、と聞けば、山のように買い込み、そればかり食べる。
●●の神社で、授かった、と聞くと、電車を乗り継いでも出かけていきました。
体操、占い、健康食品、迷信まがいなことも全部やりましたね。

今考えたら、あのときは、一種ビョーキ的でしたね。

頭の中は、「あかちゃん、あかちゃん」そればかりでした。

それでも・・・・・ こうのとりは、私たちのところにはやってきてはくれませんでした。

この時に、もし、
リボーンドールに出会えていれば。。。
きっと、もっと、気持ちが救われていたのではないか。



今になってみれば、そう思います。

30年以上も前の話。インターネットはおろか、パソコンもない時代でしたからね。 今の若い人はほんとうに恵まれていますね。  


運命の瞬間


結婚4年目の7月、ついに妊娠しました!

「もう、子どもあきらめよう。夫と二人で人生を楽しめばいいじゃないか。」

本気で、そう思っていた矢先の妊娠でしたので、涙が出るほど嬉しい瞬間でした。私の人生の中でもっとも幸せな瞬間だったかもしれません。

そして立て続けの妊娠・・・


一人目が生まれてまもなく、、、


また妊娠しました。その後、


また、3人目を妊娠。。。


あんなに不妊に苦しんだのがなんだったの???

と神様に問いかけたくなるほど、あっさり、妊娠が続きました。 いえ、実に、ありがたいことではあります。 子宝に恵まれて、とてもありがたいことではありますが・・・・

実は、その頃のことは、あまり記憶がありません。

ただただただただ

朝起きて夜寝るまで、赤ちゃんのお世話と幼児のお世話に明け暮れていたような気がします。


赤ちゃんにおっぱいを与える
     ↓
こどもに離乳食やご飯を作って食べさせる
     ↓
ミルクで汚れた服やおむつを洗う、



このサイクルを3〜4回繰り返したら、一日が終わっていた、、、という感じでした。

気が付いたら、きょうは、朝から一度も顔を洗っていないわ。。。ということも。

乳飲み子と幼児で3人。今みたいに紙おむつのない時代でした。
おむつだけで、一日何枚洗って干したでしょう。。。

自分のご飯もゆっくり座って食べた記憶がありませんね。

今の若いママさんたちは、どうして子育て中でも、あんなにお洒落で、きれいなんでしょう。。 わたしからすれば、摩訶不思議でなりません。笑

 まゆママ店長おんぶ紐の画像
出典元:しろくま堂

4回目の妊娠


一人目の長女が小学生になっていた頃です。
思いがけず、また、わたしは妊娠しました。

小学生を筆頭に、3人の子どもと夫との忙しい毎日でしたが、
久しぶりにやってきた赤ちゃんに、家族中が沸き立ちました。

子どもたちも、だいぶん分別が付く年頃になっており。
身重な私の荷物を持ってくれたり、背中をさすってくれたり。
いろいろ気遣ってくれる姿に 子どもの成長を感じて、嬉しくなったりしました。

子どもたちも、大きくなるお腹をなぜたり、話しかけたり。胎動を楽しんだり。

とても穏やかな妊娠生活でした。



白い薬


4番目の子の予定日が迫ってきました。 実家からも母が手伝いに来て、準備はばっちり! 

いつ生まれてきてもいいよ!

家族で、赤ちゃんに話しかけていました。
しかし、予定日を過ぎても、なかなか産まれる様子はありませんでした。

心配した義理の姉が、わたしに、一粒の小さな錠剤をくれました。

「まゆさん、これを飲んで。お産がスムーズに進むから。わたしも自分のお産の前にこれ飲んだんよ。」


義姉の言うまま、私はその白い薬を飲みました。

しかし、それでも、陣痛が起こる様子はありませんでした。
でも、その日以降、なんとなく赤ちゃんの胎動が少ない気がしました。

産まれる直前になると、胎動が減る、なんて話を聞いたことがあったので、

「いよいよかな〜。赤ちゃんが生まれる気になってくれたのかな」
なんて 暢気に、考えていました。

 リボーンドール=リアル赤ちゃん人形

死産


その2日後、赤ちゃんが産まれました。

死産でした。

とてもとてもかわいい男の子でした。
お顔が・・・上の兄弟にそっくりで、笑ってしまいました。

かわいくてかわいくて。。。それなのに



息をしていない。。。




その事実を受け入れるのに、私は、とても、とても時間がかかりました。


夏の暑い時でしたので、、

「火葬の日どりが決まるまで、冷蔵庫に入れておきますね」

看護婦さんが 私の胸から息子を抱き上げ、連れて行ってしまいました

は? 
冷蔵庫?
寒いじゃないの? 

わたしは、あの子におっぱいを上げなきゃいけないのよ・・・
ほら、もう、おっぱいだって、こんなにパンパン・・・

実際、乳房はパンパンに張って、初乳が先端から噴出していました。
飲んでくれる子がいない母乳を絞りながら
わたしは、涙が出て仕方がありませんでした。


 リボーンドール=リアル赤ちゃん人形


みなさま、こんにちは。まゆママです
ここまで、話を聞いていただきましてありがとうございます。

息子の死、という不謹慎な内容に、
不快になられた方がいらしたらごめんなさいね。
わたしがリボーンドールを語るのに、
この話はどうしても、避けて通れないと
お話させていただきました。

長すぎる前置きで、ごめんなさいね。
そろそろ、リボーンドールが登場しますよ。(笑)
もう少しだけ、おつきあいくださいね。

それから・・・

その後のことは、正直あまり覚えていません。
3人を育てる日常に忙しかったのもありますし、
思い出したくなくて、無意識に記憶が蓋をしてしまったのかもしれません。

ただ、すごく覚えているのは

悲しいのはわたしだけではない。

それは、意識していました。
わたしが、悲しい顔をしていたら、

今いる3人の子どもたちが心配する。

強く、気丈にふるまっていたような気がします。

リボーンドール、リアル赤ちゃん人形販売

旧友の高級マンションにて

忘れもしません。夏の暑い日、古い友人の家に遊びに行った時のこと。

その友人は、明るくて、美人で、服装もすごくおしゃれ。

お子さんがいないせいもあると思いますが、すごく洗練された雰囲気を持つ、モデルのような友人でした。

きっと、ほかの人が見たら、
なんでこんな素敵な人が、まゆままさんの友人なの?? って、思うくらい。。。(笑)



ひとしきり、ガールズトーク(?)・・・おばさんだけど、ガールと言わせてくださいな(笑)

に花が咲いた後のことでした。


彼女が、大きく深呼吸し、ちょっと躊躇った様子でこういいました。


「まゆちゃんに見せたいものがある・・・・でも

どうしよう・・・・

やめとこうかな。。。。

さすがに、引かれる気がする?

やっぱ・・・どうしよう。

まゆちゃん、引かないでね・・・?」



もし、皆さんなら、どうでしょう?

旧友にそんな風に言われたら、、、、?



これは、何が出てきても、絶対、

ドン引きはできますまい!!!


ですよね?


私は、せいいっぱい平静を装いながら

「な〜によ〜 急に。 

大丈夫よ。なんでも安心して言って。

何があっても、私のこの、体でド〜ンと受け止めるわよ!」




ば〜ん! と おなかのぜい肉をたたきながら 私は彼女に微笑みかけました

あ…神様、どうか。私の顔が引きつっていませんように!



でも、、、、

いったい何が出てくるの?
何が始まるの?

もしかして死体でも出てくるのでは???
覚●剤? 
家でイケナイものでも、栽培しているとか?
 ←(注)テレビの見過ぎです!!


想像はよからぬ方向までがふくらみ、息をするのも苦しくなります。



あぁ、神様、どうか彼女が犯罪に手を染めてませんように!!!←(注)だからテレビの見過ぎだってば!!(笑)

祈るような気持ちで、彼女が別室から戻ってくるのを待つこと数秒間

ようやく、彼女が現れました。




美しく微笑んだ、彼女の腕には

それは、かわいいかわいい赤ちゃんが抱かれていました。


リボーンドールとの出会い



ものすごくかわいい赤ちゃんでした。

透き通るようなピンク色の肌、
そこから透けて見える毛細血管
クリンとカーブした長いまつ毛
ほんのり紅色に染まったかわいい唇
やわらかい髪の毛



美しい・・・


これが、私が生まれてはじめてリボーンドールを見た時の感想でした。


高貴で、美しくて、儚げで

手を触れるのもはばかられる程でした。


言葉も忘れ、
じ〜っとリボーンドールを見つめる私に彼女が、やさしく言いました。

抱いてみる?



そ〜っと抱っこしたその子は

やわらかくて、かわいくて、

壊れそうだけれど、しっかりしていて。

軽いんだけれど、ずっしり重たくて。

まるでそれは、、、

幸せのカタマリのようでした。

腕の中ですやすやと眠っている穏やかな寝顔を見つめながら

私は亡くなったわが子が思い出されて仕方がありませんでした。



 
気が付いたら、私の目からは一筋の涙が流れていました。

一度流れると、後は止まらなくなり、

止めどなく、どんどんどんどん涙が溢れてきました。

涙は頬を伝い、私の体の奥底まで染みわたりました。

私は自分の心が、じんわり温かく、

しっとり潤されていくのを感じました。

そして、その時にはじめて気が付きました。



わたし・・・辛かったんだね。






私は、リボーンベビーを抱きしめながら

今まで蓋をしてきたいろんな感情に、正面から向き合いました


罪悪感・罪責感・後悔・憎しみ・醜い感情

また、

会いたくてたまらない人に、会えない辛さ、

想いや感情が溢れだしました。



いったいどれくらいの時間、泣いていたでしょうか?


私はたいへんなことに、気が付きました。

腕の中にいる友人のリボーンドールが、

私の涙で濡れてしまっているのです!!

「ぎゃ〜〜〜〜〜!! 


ごめん!ごめん! 

どうしよう!!」


うろたえる私に、彼女は、女神のような笑顔で言いました。

まゆちゃん、大丈夫よ。

この子は、すごく高級な材料でできていて、

水にぬれても塗料が落ちることはないし、変色もしないのよ。

すごくお利口さんで、いい子でしょ(笑)

そう言ってウィンクする彼女の顔も

涙でぐちょぐちょでした。




子どもを持つことを諦めざるをえなかった、おしゃれな彼女

3人の子育てに翻弄されながら、4番目の子どもを失った、おばさんの私。



それは、見た目も生活も全然違う私たちが

ひとつに繋がれた瞬間でもありました。

おわりに・・・



私の話はこれでおしまい。

最後までお付き合いくださりありがとうございました。

拙い話でしたが、リボーンドールをまだ知らない、見たことがない、という方の、

少しでも参考になれば嬉しいです。


私と友人が、何も語らずとも繋がれ、理解しあえたように、

これを読んでくださっている皆様とも

リボーンドール を通して繋がれたらいいな。

そう、願っております。

このお話の後、私は、出逢うべくして、とあるリボーンドールちゃんに出会いました。

海を越えて私のもとにやってきてくれた、この子は、

今でも、私の寝室で穏やかに眠り、

折にふれ、私を、励まし、助け、癒し、元気づけてくれています。



この子と、もっと早く知り合えたらよかったな。

そう、思う反面、

出会いは、すべて必然。

一番良いときに、一番良いタイミングで巡り合える・・・・

とも信じております。

きっと今も、あなたを必要とするリボーンドールちゃんが

この世界中のどこかで静かに待っているかも知れません。



そんな素敵な出会いのお手伝いができるこのお仕事のこと、

私、まゆママはもちろん、当店スタッフ一同、とても幸せに、誇りに思っております。


ありがとうございます



わからないこと、気になること、悲しいこと、困っていること。どんな小さなことでも構いません。

私たちにお手伝いができることがありましたら、どうぞ気軽にご連絡くださいね。

あなたからのご連絡を、心よりお待ちしております。



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